詰め襟の『第2ボタン』は昭和の風習!?

先日、娘が中学を卒業しました。娘の通う中学には「不良」と呼ばれるこども達が何人かいます。卒業生が♪パラリラ、パラリラ~とバイクの音を響かせてやって来るので、毎年必ずパトカーがやって来ます。今年ももちろん例外ではなく…

ただ、式は滞りなく進行し、無事に閉式を迎えました。その後、先生から「今から30分間だけ友だちや先生方と別れを惜しむ時間を設けます。30分たったら、全員必ず帰宅するように」とのお達しが。娘を含め、こども達はスマホで写真を撮ったり、卒業アルバムに寄せ書きをしたり、思い思いに別れを惜しんでいました。

すると、その様子を遠くから眺めていた主人が「あれ、詰め襟の第2ボタンが無くなってる男子が1人もいないなぁ」とつぶやきました。その声に私も改めて周囲を見回しましたが、男女で仲良く記念撮影をしている姿はあっても、第2ボタンをやり取りする姿はどこにもありません。「こんな大勢の目の前ではボタンをもらったりしないんじゃないの?」と答えて、まだ時間の掛かりそうな娘をおいて先に2人で帰宅しました。

さて、真っ赤に泣きはらした顔で帰宅した娘に、主人がさっそく聞きました。

「好きな男子の第2ボタン、もらって来たか?」

「はあっ?なにそれ!」と、娘は感動も吹き飛んだという顔で答えました。

「昭和の時代にそういう風習があったっていうのは知ってる。でもね、今時の中学生はそんなことしません!」

「えぇっ!そうなのか?じゃぁ、何を記念にもらうんだ?」

「何ももらわないよ!スマホで写真撮れば、十分じゃん」

あぁ、そうなのね。昭和は遠くなりにけり。

休日のおとりさまランチはゆったりと

予定もなくのんびり朝寝坊した休日。

カーテンを開けるといい天気、暖かそう。

休日出勤の彼氏にLINEをすると、昼過ぎには終われそうと返信が。

せっかくなので、彼に会うまでの時間ランチでもしようと思いつきました。

そこで、最近ネットで一目惚れして買ったバッグを持って外へ出ました。

お気に入りのカフェが家から歩いて5分ほどのところにあります。

閉店が19時のカフェで、平日はなかなかいけません。

久しぶりに、そこのパスタが食べたいなと思い、お店へ。

休日は、友人同士でランチを楽しむ人たちが多く賑やかですが、慣れた私は窓際の一段上がった静かな二人席へ。

通りに面した大きな窓から車の行来きする外を見ながらぼんやりしていました。

すると、彼からもう少しかかるかも!ごめん!とLINEが。

私は大丈夫だよいつものところでランチしてるから、と返信。

彼に会えるのを楽しみにパスタを食べ、食後にハーブティーを飲み、また外をぼんやり眺めて過ごしました。

その後、彼と合流。

早く会いたかったよーと言ったものの、お気に入りのカフェでのんびりできて、実は満足していたのでした。

私の常識? 他人の非常識?難しい

仕事の転勤でこちらに引っ越して1年。

実はずっと悩みがあります

それは…騒音問題

お隣さんは小さなお子さんのいる新婚さんらしい

引っ越してこのかた一度も会ったことはありません

このお隣さん掃除とお洗濯が大好きなようで

毎日最低2回はしています

それ自体は小さなお子さんもいるし全然問題ないんです

問題は時間!

深夜11時に洗濯

翌朝5時にまた洗濯

深夜3時にお掃除!しかもダイソン並みの大音量

朝6時にまたお掃除

なぜ故にこの時間?

お仕事していて夜しかいないかしら?

夜は寝てないのかしら?

私の常識では夜10時過ぎたらお洗濯はしません

朝も8時以降にします。

色んな事情があるとは思いますが

お仕事していてお洗濯できないにしても

毎日2回、早朝深夜にしなくてもいいのに(>_<) 洗濯機や掃除機の度に目が覚めます 耳栓したらいいと思うのですが なんだか非常識に屈したみたいで我慢の日々 小さなストレスです 私の常識はお隣さんの非常識 お隣さんの常識は私の非常識

ちょっと昔のドラマを一気見しました

この前、今更だけどV6の岡田君が主演しているSPというドラマと映画を全作品借りてきました。ずっと気にはなっていたんですけど、家の旦那さんはあまりサスペンスや硬いドラマや映画はあまり見ない人で観る機会を逃していました。でもこの前、ネットテレビで再放送していたのを旦那さんと観てたら旦那さんの方が面白いと言ってくれて念願のドラマ視聴となったんです。

私達夫婦はドラマは一気見したいタイプなので、早速最初から見始めました。非常に面白くて展開のテンポも良く、全く飽きずに観る事が出来ました。ちょっとでも目を離すと話の展開が分からなくなってしまうので夫婦揃って、いつもならスマホやiPad片手にテレビを観ているんですが、全く触れもしませんでした。それくらいのめり込めるドラマでした。

これは人にお勧めしたい位面白かったです。

毎日の掃除について思うことについて

わたしは時間がいたときに毎日掃除を行っています。掃除の時間は午前の九時半過ぎからお昼頃大体十二時くらいまで掃除しています。毎日掃除をしていると普段気づきにくい汚れやごみを取りにくい箇所が分かっていきます。ごみのとりにくい箇所は冷蔵庫の裏や下部、テレビの台下など基本的に重いものを載せている場所です。

動かしにくい場所でもあるので毎回掃除するときには苦労しています。キャスター付きの台座に乗せている場合は移動もしやすいので掃除できますが冷蔵庫の下だけはどうやってもできません。このような場合は掃除機の吸い込む部分を外して丸い状態でやっています。なかなか奥まで入らないので完全に汚れが取れているわけではないと思いますが、何もしないよりはいいと思って行っています。重量もあって持ち運びもしにくいため冷蔵庫にキャスターがほしいと感じます。

掃除機でとりきらないごみの場合には市販のカーペット用のクリーナーで掃除しています。自宅でペットを飼っているとペットの毛などのごみが散乱してしまうことがあります。そういった場合軽くて持ち運びもしやすいコロコロクリーナーを使うと驚くほど汚れが取れます。ほぼ完全にごみを取り除くには掃除機を使った方がいいですが、細かなごみなどはカーペット用のクリーナーでとれます。

掃除機とクリーナーを併用することで見た目にもわかるほどかなり汚れが取れます。トイレやお風呂を掃除する際には、専用の洗剤を使用しています。お風呂の天井もあまり高くないため届きやすい位置にあります。お風呂・浴槽は特に天井に汚れが付きやすいと聞いたことがあるので天井が低めなのは助かります。

お風呂・浴槽は一度お湯または水で流してから専用のスプレーをかけてスポンジでこすっています。こうすることでお風呂・浴槽の汚れもしっかり取ることができます。ない場合には身体用のボディウォッシュや、シャンプーなどを専用スプレーの代わりに使ってきれいにします。

がん患者さんたちが安心して生活出来る国になってほしい。

がん患者に、院内オフィスが新設するかも知れないというニュースを見ました。

長期がん治療の生活になると、仕事を続くけていくのが難しいみたいだからです。

治療と仕事の両立をすることによって離職防ぐのが狙いみたいですが、これを考える時期が遅すぎだと思いました。

今の日本はがんを患っている人がとても多いです。

昔は高齢者が圧倒的に多かったがんですが、現在は低年齢化しているみたいで、20代、30代のがん患者も珍しくなくなりました。

若くして病気になり、仕事まで失ってしまう人がとても多いのです。

私の周りにも数人います。

なんとかしてあげて欲しいとずーっと思っていました。

なので、今回のこのニュースは遅すぎる!とイライラしてしまいました。

病気で苦しんでいる人達に優しい国であって欲しいです。

この冬一番の寒気に覆われた私の朝の通勤

群馬県在住52歳男性です。先日から日本列島を覆ったこの冬一番の寒気の中、皆さん如何お過ごしでしょうか。今日になってかなり寒さは和らぎましたが、先日の日曜日から火曜日の午前中にかけては断続的に「風花」が舞い続け、朝の通勤時間帯の道路は連日アイスバーン状態でした。昨日の朝はその前日の日中に道路の凍結はほぼ溶けて無くなっていたのですが夜の内に再び風花が舞った様で朝は再び一面真っ白でビックリ、道路も凍結してしまいました。

昨年末に車を購入したのですがスタッドレスタイヤも未だ購入して居なく、タイヤチェーンも持っていない事からとても慎重な運転を心掛けました。幸い2日間とも無事に出社は出来ましたが、早く冬用タイヤ購入しようと思います。

規格外品でもさっぱりのいい味です

毎週注文している生協のパルシステムで、リンゴの規格外品を購入してみました。

ひと袋の容量としては900g、規格外品というのだから通常品と比べれば、見た目が綺麗でなかったりというもの。

ネット注文のオンライン・パルの説明は、表面の細かいデコボコや割がある商品でしたが、届いてみると通常品と比較して遜色ないという3個のリンゴ。

規格外品でのデコボコは「サピ果」というもので、晩秋頃の霜を果皮が修復しようという性質で自然にできたデコボコ。

届いたリンゴにはこういったサピ果もないし、通常品みたいと一個出してみると果皮の色が一部黄色、さっぱりで食味もいいし、これくらいなら通常の規格品で出しても充分と思った。商品名は「難ありリンゴ」900gが322円の安値、色が全体的にまだらというのもあるらしいですが、初回購入は難のないよいリンゴでした。

筆記体をあまり見かけなくなった教科書

現在の英語学習の中に、筆記体という学習項目がありません。英語はとても良くできるのに、また英語を得意としているのにもかかわらず、筆記体を全くかけない、読めないという学生が非常に多くなっているのです。

一昔前は学校の英語の先生が筆記体を用いて黒板の字を書いていたり、筆記体をかけるようになるということが必須でした。どんなに英語の学習が苦手であっても、たいていの学生は自分の名前くらいは筆記体出かけたという時代があったほどです。

しかし、今現在学生である人の中には、英語が特に得意であっても自分の名前を筆記体で書くことができないという人が当たり前のようにいます。

学生時代には、筆記体を自由自在に使えると何となくカッコイイ感じがしたものです。